わたしはあきらめない一覧
シリーズ わたしはあきらめない 仕様:A5変型判 右の画像をクリックすると全カバーが見られます。 小林幸子(こばやし・さちこ) ●紅白衣裳豪華写真集 |
本書の紹介
楽屋の踊り子たちがどっと笑った。
「ああ、今年ももう少しで終わりねえ」
「 来年は、レコード大賞にでも出てやるか」
1978年12月31日大晦日。
翌元旦から2か月間、伊東のハトヤホテルで宴会でのショー公演のためのリハーサル直前だった。
メークをしていた鏡にテレビが映っていた。レコード大賞の中継だった。 続いてNHKの紅白歌合戦
「ずーっと断ってきたけど、来年はちょっと出てやるか」
また楽屋中が笑いに包まれた。 自分も笑っていた。
このときまで14年間、 30枚に及ぶレコードを出しながらも売れない「暗黒時代」に、 そろそろ思い続けた「流行歌手」の夢は消えかかって、最後になるだろうレコーディングも終えていた。
楽屋のみんなも、そして自分も、腹から笑えるジョーク。それほどにその夢は遠くになっていた。
しかし−−翌1979年の同じ時刻、 小林幸子は、そのジョークの通りの運命を自分の手にすることになる。
「もしもし、つかぬことをおうかがいしたいのですが、今そちらでリクエスト1位の曲って何ですか?」
「えーと、おもいで酒です」
「あのう、歌っている人は誰ですか?」
「 誰って、ああ、小林幸子」
1979年正月、 伊東ハトヤホテルの新春公演が始まってすぐ、 楽屋に東京の事務所から電話が入った。
「おもいで酒」が有線放送でランク入りしている。
当時ヒットしていた「夢追い酒」の間違いだろう。
2月、公演の終わり近くになると、あちこちの有線放送のランキングで1位になっている。
しかし、そうたやすく信じられるものか。
教えられた尼崎の有線放送の電話番号に自分で電話をかけて確かめてみた。
訝しがる受話器の相手に向かって、「ありがとうございました、ありがとうございましたあ」を連発していた。
3月、「六時、七時、八時あなたは……」のB面だった「おもいで酒」をA面 に切り換えて発売。
それが200万枚の大ヒットとなった。
−−遠くに見えていた小さな灯が、あっちにぽつっ、こっちにぽつっとしだいに増え、その光が導火線に火をつけたようにばばっと広がり、気がついたらあたり一面 、光の洪水になっていた、というのが、私の当時の正直な実感です。
1978年大晦日のジョークは、翌年以降、「紅白」の連続出場となり、その舞台衣裳に溢れる光は、15年の闇が深かったからこそまばゆいばかりのものとなって、見る人に感動を与え続けている。
(本書より一部抜粋)
聞き手/長嶋一茂・武内陶子
番組名「わたしはあきらめない」2003年2月26日 NHK総合テレビ放送